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隣のアトモスフィア

したたかな日々の黙示録

6年

震災から6年。あの日は郡山駅でお土産を売っていて、ショーケースの前に立っていたお婆ちゃんの手を引いて広場まで避難したのを覚えている。家も無事だったし、家族も猫も怪我一つなく、水道は止まったもののガスと電気は点いていたので比較的落ち着いて過ごすことが出来たのを覚えている。

 

何日かして、原発が不穏な様子を見せるようになってからが不安で仕方なかった。これからここに住んでいられるのだろうか?避難するとしたら猫は??仕事は???もしもに備えて荷物の支度をしていたら、次の休みに着ていくつもりだった服が目に入ってきて思わず大泣きしてしまった。こんなことがなければ私はいつも通り働いて、いつも通り遊びに行っていたんだなぁ…

 

泣いたらなんだかすっきりした。私がここで喚いても何にもならないんだから、今やれることをやるしかない。もしかしたら死んでしまうかもしれないんだから、ちょっとでもやりたいことはやっておこう。会いたい人には会おう。見たいものは見よう。食べたいものはたらふく食べよう。少しでも満足して死のう。

 

そこからは駆け足だった。社長にこき使われていたお土産屋を辞めた。次の仕事は復興特需でアホみたいに忙しかった。でもやりがいはあったしそこそこ楽しかった。働きながら都内や名古屋や仙台に遠征してライヴをいっぱい見た。美術館や博物館に行った。楽しい出逢いもいっぱいあった。お酒もよく飲んだ。

 

そんな中で出逢った人と暮らすために関東に引っ越した。結婚して可愛い子どもに恵まれた。あっという間だった。あの日を境に何かが変わったのは確かだ。生きてて良かった。諦めなくて良かった。私を生かしてくれた全てに感謝して、また明日から頑張って生きる。